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奈良地方裁判所 昭和37年(う)409号 判決 1958年7月03日

主文

被告人杣山虎吉、同杣山彦一を各懲役一年に処する。

被告人杣山虎吉に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

第一、被告人杣山虎吉、同杣山彦一は共謀の上

一、昭和三十年六月二十三日頃奈良県宇陀郡御杖村大字桃俣一一四〇番地の一の山林内において嶋岡富貴子所有に係る杉、檜(二十五年ないし四十年生)立木約七十石を情を知らざる人夫片岡由松等を使用して伐採せしめてこれを窃取し

二、(一) 右被告人等の森林伐採行為を阻止するため、昭和三十年六月右被害者嶋岡富貴子において奈良地方裁判所宇陀支部に対し伐木搬出禁止の仮処分申請をなしたるにより同月二十八日同裁判所裁判官岸本五兵衛のなした「同所山林十一町歩内及び附近路上に現存する同山林よりの伐採木約七十石を被申請人杣山彦一からその占有を解き執行吏の保管に付すると共に被申請人は右木材を処分すべからざる」旨の仮処分決定に基づき翌二十九日奈良地方裁判所所属執行吏寺口正平が右伐採木は執行吏の占有に属し何人も搬出処分すべからざる旨立札に掲示して公示の上差押占有中の杉檜伐採木約七十石の中同年七月十日頃約五十七石を前記片岡由松等をして、ほしいままに県道まで搬出せしめ

(二) 右被告人等の森林伐採行為を阻止するため、前記被害者嶋岡富貴子において再度同裁判所に対し立木伐採並びに搬出禁止の仮処分申請をなしたるにより同年八月一日同裁判所裁判官岡村旦のなした「同山林十一町歩を執行吏に占有せしめ且つ被申請人杣山虎吉の右山林内立木を伐採並びに処分することを禁ずる」旨の仮処分決定に基づき同日前記執行吏寺口正平が本山林立木は執行吏の占有に属し何人も立木を伐採搬出すべからざる旨立札に掲示して公示の上差押占有中の右山林内において、

(1)  同年八月三日頃執行吏の占有保管にかかる杉檜伐採木約十三石をほしいままに前記片岡由松等をして県道まで搬出せしめ(2) 同月三、四日頃の両日にわたり同執行吏の占有管理にかかる杉檜立木約百二十石をほしいままに前記片岡由松等をして伐採せしめ

以てそれぞれ前記執行吏寺口正平の施した差押の標示を無効ならしめると共に差押物件を窃取し

三、同年八月一日頃より同三日頃までの間同所一一四〇番地の一の一三の山林内において小西満利所有にかかる杉檜立木約百石を情を知らざる前記片岡由松等を使用して伐採せしめてこれを窃取し

第二、被告人杣山虎吉は単独にて同年九月二十日頃同村大字桃俣通称奥山備前ケ谷所在の桃俣区有山林内で同村長田中一一管理にかかる同区所有の雑木立木約百二十本を情を知らざる人夫有園某等をして伐採せしめてこれを窃取し

たものである。

以上の事実は

一、被告人杣山虎吉の第一回公判調書中その供述として窃盗の犯意を否認し、判示第一の各山林は嶋岡富貴子、小西満利等の所有ではない。入会権に基づき伐採したのである。又仮処分の公示の立札は千四百十番地と表示してあつたので本件山林には該当しないから伐つても搬出してもよいと考えた。判示第二の山林は入会権のある山であるから村の者が誰でも行つて伐つているので罪にならない。と弁解する外その余の事実につき判示同旨の供述記載

(証拠の標目)(省略)

を綜合して之を認める。

被告人両名及び弁護人は本件について被告人杣山虎吉は入会権を有しているのであつて、その権利を行使したのであるから罪とならないと主張する。そして本件証拠として提出せられた大正三年六月二十七日言渡の奈良地方裁判所民事部の判決によると被告人の亡父杣山源治郎は他の居住民等と共に入会権確認の訴を提起しその結果右判決により大字桃俣区住民は古来の慣習によりその区有山林において秣草薪及び薬草その他天産物を採取することを得る地役の性質を有する入会権を有するものと確認されている。そして入会権は右判決が言明している通りの権利であつて一定の地域の住民が山林等に共同に立入り秣草、薪炭用雑木その他天産物を採取し、石を堀り土を取り以て自家の日常生活の資に当てることを内容とする慣習上の権利であることは学説判例の共に争ないところである。

被告人杣山虎吉がこの入会権を有するものであることは是認される。しかし他人が地上権を取得し植林し成長せしめた二十五年ないし四十年生の杉檜等につきその承継取得者に無断でほしいままに之を伐採し他に売飛ばしてその金を自己に取得する権利までもあるとは到底認められない。又判示第二の山林は桃俣地区の人々が協議していわゆる「鎌止め」をし伐採を一時禁止した個所であつて之により入会権は消滅するものではないにしても、規約は守られなければならないものと解すべく、何等正当の理由なく、ほしいままに伐採して自己に領得するときは犯罪を構成するものといわなければならない。

更に被告人は村長等村役人が不正を行つたのであつて入会権を擁護する正当防衛のために本件を敢行した旨主張するけれども、証人松山正一、山中三郎等の供述に徴すると被告人虎吉も一部地上権の分譲を受けたがその部分は自己の借金の抵当のために取られたのであつて、他方入会権に藉口して自己の私利をはかつていることが看取される、本件が緊急不正の侵害に対し已むを得ざるに出でたる行為とは解せられない。正当防衛に当らないことはいうまでもない。

なお被告人等は本件山林は大字桃俣千百四十番地の一の一部分であつて、仮処分命令にある千四百十番地ではないからかかる仮処分は無効であるから封印破棄罪は成立しないと主張する。しかし前顕証拠によると本件仮処分がなされたのは被告人等が現に伐採し且つ伐採後、積重ねてあつた伐木自体に対して行われたものであることは被告人等の使用する人夫片岡由松等も十分之を認識し爾後同所で働くことを躊躇しているに拘らず、被告人等が自己の独断を以て無効なりと判断して敢て仮処分の公示を無視して之を破棄し本件を行つたものであつて、当事者の申請に基づく地番の表示が誤つているとしてもこれは更正決定を受ければ足るものであり、仮処分が全然無効のものであるとは認められない。そして仮処分を取消すための民事訴訟法上の手段を講ずることなく、この挙に出でたることは到底許されない。

被告人等の主張はいずれも採用できない。

法律に照すに被告人杣山虎吉、同杣山彦一の所為中判示第一の一、三の点は森林法第百九十七条刑法第六十条に被告人虎吉の判示第二の点は森林法第百九十七条に、被告人虎吉、同彦一の判示第一の二の(一)及び(二)の(1)の点は各刑法第九十六条第二百三十五条第六十条に、判示第一の二の(二)の(2)の点は同法第九十六条森林法第百九十七条刑法第六十条に各該当するところ右封印破棄並びに窃盗、封印破棄並びに森林法違反の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により窃盗罪及び森林法違反の罪の刑に従い、森林法違反については所定刑中いずれも懲役刑を選択し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により窃盗罪の刑に法定の加重をなし右刑期範囲内において被告人両名を各懲役一年に処し、被告人虎吉に対しては老齢憫諒すべきものがあり情状刑の執行を猶予するのを相当と認め同法第二十五条第一項により本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条により被告人両名をして連帯してこれを負担させることとし主文の通り判決する。

(昭和三三年七月三日 奈良地方裁判所刑事部)

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